〇 煎茶 薩摩
すべからく
寄る辺のない日々を、
ラジオから「グリーンティファーム」という曲が流れていた。ジャズピアニストの上原ひろみさんが故郷の静岡を想ってこしらえたものを矢野顕子さんが歌っている。「ありがとう、ありがとう、ほんとうにありがとう」。一秒で足りるほどの「ありがとう」、そのひとことが、耳のありかを忘れてしまうほど、まるで贈りものをじかに手わたされたような感触を肌で感じて、私はふるえてしまったのだった。
夏が果てて、ベランダからゆきあいの空を眺めていると肌寒くなって、いつのまにか町かげにはぽつりぽつりと明かりが灯っていた。私もカーテンを閉めて部屋のデンキをつけてみる。町が揺れ、風に揺れ、ひとはなにかに、だれかにしがみつくも、なのに自然は許してくれないみたいだった。ならば自然は、だれに憤り何に怒っているのか、そんなことを顧みながら、そういったことを顧みている自分をふりかえってみると、いつ降りかかってきてもおかしくはないすぐ側に、だれもがいるのだ、と背筋を伸ばさないわけにはいかないのだった。それでも私たちは自然に寄り添い、どうにか折り合いをつけながら、誠実に過ごすしかない。
自然の恵みに感謝する、たとえば広告に謳うこともたびたびあるけれど、なにもできない私たちにかわってその自然とたたかいながら食べ物を与えてくれるひとたちの献身に手を合わせることを怠れば、口が曲がる、とは親からよく言われたことだった。私など想像もつかないような難題や、あるいは危険をも踏み越えて、自然という畏れに向き合う背中にしょっているのは誇りにほかならない。ひとは、ひとの力をはるかに超えた自然の一部である、ささやかだけれどそれでも生きたい。わきまえる、ということを、彼らに教わってきたはずである。山の仕事も、海の仕事も、山があり海があってのことだけれど、都市の仕事とは、その山や海の仕事に支えられているのだった。遠くにクレーンが立ち並び、常夜灯が点滅するまちづくりの途中をみつめていると、「元気でいられることの奇跡に身を正そう」そう省みるのである。
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〇 新茶のこと
「一番茶」は五月まで
若葉のころを思い出してみてください。苦みや渋みが出る前の、甘味がほんのり残るあのさわやかな風味。ああ、そんなときもあったっけ。と、まあ私事はさておいて、今年最初に摘み取った「新茶」のこと。鹿児島の「ユタカミドリ」という早生(わせ)品種の「生茶」(摘みたての茶葉)を、すぐに蒸しては揉みほぐし(これを「荒茶」と言います)、そこからビュゥーンと運んだ先は静岡の北川製茶さん。火入れしてもらい、丹念に仕上げていただきました。
屋号は「かねか」、名は「薩摩」と申します。お見知りおきを。
さて、立春から数えて88日目、「八十八夜」に摘み取られた「一番茶」は、その一年を通して無病息災の言い伝えがあります。もうじき五月もおわり、じめじめしてくる前にぜひともこの「薩摩」の新茶、すがすがしい香りと味をご堪能くださいませ。
この新茶は、
商品名 煎茶「薩摩」
製造元 北川製茶(静岡県島田市金谷)
原産地 鹿児島県
制作 東屋
内容量 50g
価格 900円
※ 高温多湿を避けて保存してください。
今年の新茶は終了しました。
お問い合わせありがとうございました。
〇 丸急須
急須の力
母がお茶を入れるときの段取りはこうだ。茶筒の蓋に目測でとんとん、と茶葉を載せ、そのまま急須にざっ、と音を立てて放り込む。次に魔法瓶でじょーっ、とお湯を注いで、すかさず蓋をかちゃん、と閉める。食器棚からがちゃがちゃ、と湯呑みをふたつ取り出して、テーブルにかたん、と置くと、思いついたように急須を掴んで並んだ湯呑みの上を行ったり来たりさせて分け注ぐ。傾けた注ぎ口からお茶がしたたって、テーブルの上にはみるみるうちに水たまりができている。それでも母はお構いなし。ひとつ私のほうへ差し出すと「で、今日は学校どうだった」と切り出すのだ。聞いてなどいない。口が言っているだけだ。そばにある布巾で水たまりを拭きはじめる、急須のお尻を拭ってやる、自分は味わう間もなくさっさと仕事場にひっこっんでしまう。高校を卒業するまでは、おおかたそんな「お茶の時間」が繰り返された。母は洋裁をなりわいにしていたから、お茶を注ぐ手にはいつも腕時計みたいにゴムバンドの針山を巻いていた。私はそこに刺さった待ち針の数を数える。ちくちくちくちく、ちくちく、と。
ひとりで東京に出てきてからお茶は飲まなくなった。自分で入れるなんて考えもおよばなかった。どことも知れぬ茶葉と、どことも知れぬ急須の類いの、いつもとかわらぬあの「お茶」が好きだった。となりからは、裁ち鋏を滑らせながら布地をしゅーっ、と切る音や、ミシンをばたばた踏む音が聞こえた。置きざりの湯呑みに茶柱が立っているのをみつけて、じわっ、ときたこともあった。
あるときわが家の急須が変わっていることに気がついて、妻の人差し指が蓋のつまみを押さえているのを見ながら「おい、いつ買ったんだ」と聞いた。お茶がしずかに私の湯呑みに注がれていき「おい、いつ買ったんだ」とまた聞いた。お茶がしずかに妻の湯呑みに注がれていき、並んだ湯呑みの上を行ったり来たりさせるのを見ながら、私はあのころのことを思い出したのだ。妻はひとつ私のほうへ差し出すと「いつもよりおいしいよ」と言った。湯呑みを両手で包んだまま、私の顔をじっと見守っている。テーブルの上には水たまりひとつない。きれいなものだ。すると、ちくちくちくちく、ちくちく、と不意に胸が痛みはじめた。
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〇 プジョー社コーヒーミル「G1」

そばにある日用品が語りかけること ―1―
ミルの時間
かみ砕いてひとに伝える。私はどうやらそれが下手らしい。思ったままコトバを投げかけて、そのストレートなものの言いようが相手を黙らせるのだ。
ストライクがなおさらひとを傷つける。まっすぐのサインは私の見まちがいだと言われる。あげくにはただの暴投呼ばわり、私のコトバはてんてんと転がったまま、もはや拾うものもいなくなる。相手はどんどん遠ざかっていき、それでもあきらめない私は肩を痛める。若いころは、それでもいいと思った。直球のなにがわるい、かみ砕くことはへりくだることのように思えてならなかった。感情のおもむくままひとに伝える、それのどこがいけないのだ。思ったことを言う、それのなにがいけないのだ。と、そこで手が止まった。
「コトバヲエラベ」
ぐるぐるハンドルを回しながら、どこからともなく声が聞こえた。手は時計回りに進むが、私は遡って自分を見つめていた。
店で選んだ豆が私の手もとで砕かれて、さらさらになる。ミルの振動が香りを伴って、私をゆさぶる。
私は「ミルの時間」が好きになりはじめた。そうだ、もっと「ミルの時間」を作ろう。その分コーヒーの杯は重なっていくが、かみ砕いていく人生の到来だ。ちょっとおそいか。
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